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MA引かれ者の小唄

M&Aバンク
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185 碩学の警鐘 -2 . 2007-08-28

その2)

 40年余り前、私は大学院で経済学の勉強に励んでいた。J.M.ケインズの「貨幣論」とドン・パティンキンの「貨幣、利子、及び価格」-貨幣理論と価値理論との統合、の輪読を軸としつつも、産声を挙げたばかりのポートフォリオ・セレクションとかターンパイク理論などについて、研究仲間とともに取り組んでいた。長澤惟恭教授、藤野正三郎教授には懇切丁寧に教わったほか、折にふれて都留重人教授の指導も受けた。
 なかでも、トービン等によって始められたポートフォリオ・セレクションの理論は、初期のコンピュータを使いながらも当時は多分に観念的なものであり、単なる数学的な遊びの域を超えるものではなかったが、その後、コンピュータの飛躍的な発達と金融経済界からのニーズの増大によって、実務的な進展を遂げ、その当否はともかくとして、今や金融工学としてファイナンス理論の中核をなすまでになっている。

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184 碩学の警鐘 -1 . 2007-08-21

その1)

 平成19年7月29日、参院選において自民党は歴史的な敗北を喫した。その選挙結果について、一人の経済学者が地元紙に寄稿。「自民惨敗の参院選に思う」と題する一文だ(平成19年8月9日付、山陰中央新報)。寄稿したのは米子市出身の経済学者であり、世界的に著名な宇沢弘文氏である。1928年生まれの宇沢氏は当年79歳、10年前に文化勲章を受章している東京大学名誉教授である。理論経済学における日本の至宝とも称すべき碩学(せきがく)だ。
 新聞への寄稿文という性格から、字数にしてわずか1500字足らずの小論文であり、一般読者に向けて分かり易い言葉で記されている。簡にして要を得たもので、できれば全文を引用したいほどである。

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183 珍書 -5 . 2007-08-14

その5)

 田中森一弁護士と金貸しの森脇将光。片や、闇社会の手先となって蠢動(しゅんどう)したヤメ検、片や、汚職を生業(なりわい)としている政治屋を相手に暴利をむさぼった高利貸し。共に人生半ばを過ぎた得意の絶頂期に挫折し、それぞれの思いのたけをもっともらしい文章にまとめ、上梓。いずれも甲乙つけ難い曲者(くせもの)の手になるシロモノだ。京都三条河原で釜煎(かまいり)の刑に処せられた天下の大ドロボー石川五右衛門が自伝を残していたとすればかくありなんと思われるものである。

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182 珍書 -4 . 2007-08-07

その4)

 久しぶりに森脇将光の珍書「風と共に去り、風と共に来りぬ」を読んでみたくなり、県立図書館に行った。貸出禁止の郷土図書となっていたため、書庫から出してもらって閲読。
 執筆当時(昭和29年~30年)の森脇将光は50歳代半(なか)ば。今の私より10歳も若い。彼が謀略であったと断じている、3年前(昭和27年)の逮捕劇が全ての出発点となって、事実は小説より奇なりを地でいくストーリーが展開。逮捕され、22日間に及ぶ拘留を終えて「嫌疑なし」の処分によって出所したところ、苦労して築いてきた数億円に及ぶ財産(現在の200億円相当か)が跡形もなく消えていた。

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181 珍書 -3 . 2007-07-31

その3)

 珍書といえば思い出がある。今から50年ほど前のこと、私はしばしば島根県立図書館に通い、孤独な受験勉強に没頭していた。学習室の書棚に、マーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」の題名をパクったと覚しき5冊の本が目についた。勉強の合間の気分転換に書棚から引き出し、パラパラとめくってみた。それは同郷の人物の手になるものであった。一見して怪しげな雰囲気を持った本であったが、当時日本国中を騒がせた大事件のキーマンが、大真面目にもっともらしいことを喋っているので、じっくりと読むために借り出した。

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180 珍書 -2 . 2007-07-24

その2)

 田中森一氏の著書「反転」を、珍妙な本という意味で珍書と呼んだ。通常使われることの少ない“珍書”というコトバを、敢えて手間ヒマかけて探しだしたのは、田中氏の基本的な主張(つまり、訴追は不当なものであり、冤罪であるという弁解)が倒錯した論理をベースにした珍妙なシロモノであるからだ。更に言えば、検事時代とその後のヤメ検時代の仕事にからむエピソードが饒舌に語られているのであるが、それらの多くは、高度な倫理性が要請される法曹人はもちろんのこと、一般人であってもやってはならないことがらであって、誇らしく語っている無神経ぶりが珍妙であるからだ。まともな論理的思考が欠落しているだけでなく、平均的日本人に具わっているべき倫理観がスッポリと欠落しているのである。

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179 珍書 -1 . 2007-07-17

その1)

 なんとも怪しげな本が出版されたものだ。ヤメ検の田中森一氏の手になる、
「反転」-闇社会の守護神と呼ばれて(幻冬舎)
である。週刊現代の記事(“冤罪の構図-2”と“冤罪の構図-5”を参照)は、この本のいわば前宣伝であった。早速購入して一読したものの、どのように評していいのか、とっさには言葉が見あたらない、実に珍妙なシロモノであった。

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178 続・いじめの構図 -22 . 2007-07-10

その22)

 税理士登録が完了したこと、それは職業会計人としての私が、再び五体満足になったことを意味する。税務当局と真正面から対峙できるということだ。
 日本書紀に、
『虎に翼(つばさ)を着(つ)けて放(はな)てり』
というフレーズがある。天智天皇が、大海人皇子(おほしあまのみこ、後の天武天皇)に皇位の継承をさせようとしたところ、皇子はそれを固辞、吉野に隠遁したことを称して、時の人が「虎に翼をつけて野に放ったようなものだ」と噂したというのである(同書、巻第二十八、天武天皇上、即位前紀)。
 東洋にあって、虎は高貴な存在、かつ、地上最強の動物とされている。それに翼がついたらどうなるか、地上だけでなく、空をも飛ぶのであるから、何とも手のつけられない強力無比な存在になるということだ。

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177 続・いじめの構図 -21 . 2007-07-03

その21)

 平成19年1月27日、日本税理士会連合会から一通のハガキが届いた。税理士登録が完了したことを知らせるものであった。
山根 治 殿
日本税理士会連合会
会長 森 金次郎  
公印省略      
税理士登録通知

 あなたの税理士登録については、下記のとおり、税理士名簿に登録されましたので通知します。
 なお、税理士証票は、税理士会を通じ、交付いたします。


登録番号 第××××××号
登録年月日 平成19年1月25日

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176 続・いじめの構図 -20 . 2007-06-26

その20)

 12月28日、M委員長と事務局のF氏とが私の事務所にいたのは2時間位であったろうか。建前としては、M委員長が私に対して再尋問するということであったが、現実としては攻守ところをかえて、私が問い質し、M委員長が懸命になって弁解する図式となった。私がM委員長に対して逆に尋問することになったのである。私としてはM委員長に対して、特別にお願いすることもなければ、これといった期待もしていなかったので、気楽なものであった。喋るだけ喋らせて、こちらはひたすら耳を傾けているだけでよい。
 一通り話が進んだ段階で、私に促されるのを受けてM委員長は、思い出したように回答書を取り出した。さきに内容証明郵便でぶつけた質問(“続・いじめの構図-15“参照のこと)に対する回答である。
 一読したところ、とても回答書の態(てい)をなしているとは言い難いシロモノであった。
 私としては、それまでのこの日の話し合いによって、税理士会のゴマカシの全貌を概ね把握することができていたので、敢えて回答書について突っ込んで問い質すことはしなかった。以下、回答書の全文を掲げ、賢明なる読者諸氏のご判断に委ねることとする。

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175 続・いじめの構図 -19 . 2007-06-19

その19)

 仮にも私を税理士法違反で断罪しようとするならば、この二人の会計士以外に欠かすことのできない人物がいる。それは、三年間にわたって、税理士法人松江事務所の責任者をつとめたM税理士だ。三年前、私の事務所の税理士業務を行なうために、わざわざ松江事務所が開設され、税理士法人からその責任者として松江に派遣された人物である。
 法人としては、M税理士を職員から社員へと格上げし、松江事務所の開設の手続きをしている。それらは全て税理士法の規定にもとづき、定款変更を要するものであり、開設までに3ヶ月を要した。決して形だけのものではない。M税理士は東京から松江に住所を移し、所属税理士会を東京税理士会から中国税理士会に移した。私は税理士法人の部外者であるから、もちろんその間の詳しいいきさつは知るよしもない。私が関与したのはただ二つだけ、K会計士からの要請にもとづき、法人の松江事務所とM税理士の松江における住まいを用意したことである。

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174 続・いじめの構図 -18 . 2007-06-12

その18)

 東京税理士会が、「税理士法違反の非違行為は濃厚」と認定した根拠は何か。人を犯罪人扱いにして、当然の権利である税理士登録を阻止しようとするからには、明確な根拠が必要なことは言うまでもない。
 しかし、明確な根拠など、そもそもあり得ない。存在するはずがないのである。この3年間、違反になるような税理士業務を全くやっていないからだ。私は当事者であるから、私自身が一番よく知っている。税務代理はもちろんのこと、税務書類の作成あるいは作成の指示を一切していないし、税務以外の用件がある場合でもこの三年間は極力顧客との接触を避けていたのである。

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173 続・いじめの構図 -17 . 2007-06-05

その17)

 12月28日は朝から小雪のちらつく寒い日であった。午後1時、約束通りM審査委員長と事務局のF氏が私の事務所に現われた。前日の27日が仕事納めであったので、山根ビルの3階はガランとしており、私一人で応対した。
 部屋に入った二人はバツの悪そうな複雑な顔をしている。今までは好き勝手なことをしてイジメ抜いていたところが、急転、いじめることができなくなったばかりではない。逆に釈明するために、バスで3時間以上もかけてわざわざ松江まで出向く羽目になったのである。しかも、暮も押し詰まった28日ときている。二人の顔付きも複雑になろうというものだ。
 しばらく雑談を交わすものの、M氏は何やらモゴモゴと喋るばかりで、一向に要領を得ない。察するに、3ヶ月が経過する年明けの1月11日までには登録は完了しないが、1月の20日過ぎには完了する見込みである、ついては、1月11日が過ぎても、審査請求書を出さないでくれないか、ということが言いたかったようである。

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172 続・いじめの構図 -16 . 2007-05-29

その16)

 平成18年12月18日に、M登録審査委員長宛に発信した内容証明郵便は、翌12月19日の午後に中国税理士会に届いた。
 12月20日午前11時10分、事務局のF氏から私の事務所に電話が入った。私はウィークデイの午前中はよほどのことがない限り自宅でゆったりと寛(くつろ)ぐことにしており、オフィスに出ることはない。急な用事以外は連絡しないように取り決めており、この時も午後になってからF氏から電話があったことを知った。

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171 続・いじめの構図 -15 . 2007-05-22

その15)

 平成18年12月14日、嵩(かさ)にかかった要求が繰り出された。再び広島まで出頭せよというのである。今度は私だけではない。私が所属している事務所のK副所長をも事情説明のために出て来いときた。しかも日時が、12月25日と一方的に指定されている。K氏にとっては通常の月末の業務に加えて、年末の業務が重なっている、それこそ猫の手を借りたいほど忙しい時期である。K氏宛の出頭要請は、丁重な文面でなされていたものの、私に対する文面はお上(かみ)からの命令口調であった。お白洲への呼び出しである。
 この時点で私はゲームが終了したと判断した。広島と東京の税理士会で展開された、サル山の馬鹿騒ぎに決着をつけるときがきたのである。ゲーム・イズ・オーバーである。同時に、私の税理士登録は、税理士会側の思惑に反し、間もなく完了するであろうことを確信した。

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170 続・いじめの構図 -14 . 2007-05-15

その14)

 登録申請をしてから2ヶ月後の平成18年12月12日、中国税理士会はいじめの追い打ちをかけてきた。
  1. 税理士登録遅延承諾書の提出、
  2. 税理士登録申請書等の修正、
  3. 添付書類の提出、
をせよと言ってきたのである。

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169 続・いじめの構図 -13 . 2007-05-08

その13)

 登録審査委員長M氏による申請取り下げ要求を拒絶したことは言うまでもない。通常であれば、『何をヌカすか、バカヤロー』とか、『フザケタことを言うんじゃない、顔を洗って出直してこい』とか、とっさに口をついて出てくるところであるが、にわか韓非子を決め込んでいる私としては、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な対応に終止した。
『税理士法と同法基本通達に従って登録申請をしたものです。よろしくお願いいたします。』
 M氏の執拗な取り下げ要求に対して、テープレコーダーのように、同じ言葉、同じ抑揚のない調子で応答して拒絶の意思を明らかにした。M氏はあきらめ切れないのか、取り下げ要求を三回繰り返した。私に取り下げる意思が全くないのを確認したM氏の顔面には、疲労の色が顕わになった。M氏は私より一つ年長の65歳、思い通りにいかなかったイラダチがエネルギーを消耗させ、顔面に表われるに至ったのであろう。思うに、いじめようとしてあれこれ画策したものの、当の相手に体(てい)よくかわされた場合には、いじめの負のエネルギーがいじめる側に跳ね返ってくるのかもしれない。

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168 続・いじめの構図 -12 . 2007-05-01

その12)

 申請書を提出した後の主な経緯は次の通りであった。
  1. 平成18年10月19日、中国税理士会松江支部長による面接・審問。支部長T氏の事務所に赴き、約一時間。
  2. 平成18年11月22日、中国税理士会、登録審査委員会委員長M氏他1名による面接・審問。広島の中国税理士会に赴き、約二時間。
 1.の支部長面接においては、T氏が旧知の間柄であったこともあり、悪意のある対応はなされなかった。T氏は正規の税理士試験合格者であり、税務署OBではないため、私の登録をなんとしても阻止しようとする税理士会の意図が伝えられていなかったのであろう。T氏は、松江支部に回付されてきた添付書類の異常な多さに驚いていたほどだ。

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167 続・いじめの構図 -11 . 2007-04-24

その11)

 税理士会が登録申請用紙をなかなか交付しようとしなかったことに端を発し、いざ登録手続きに入ると、あれもこれもと盛りだくさんの趣旨不明の書類を用意させられた。いじわるである。やっとのことで全ての書類を準備して、登録手続きに税理士会へ赴くや、書面審査と申請書の訂正とに5時間もかかる始末であった。いじめである。

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166 続・いじめの構図 -10 . 2007-04-17

その10)

 税理士登録の申請に際して要求された、数多くの添付書類の中でも、作成するのに少なからぬ抵抗感を覚えたものがあった。私が執行猶予付きながらも、有罪判決を受けた件について、判決の内容を示した上で、反省の意を表わし、税理士会に対して詫びを入れる上申書だ。いうところの詫び證文である。

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